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膝小僧360

Author:膝小僧360
座右の銘は「永遠の18歳」

105歳まで生涯現役でいます。。仕事においても遊びにおいても、あらゆる分野において若い者を若さで圧倒する、そんなアダルトチルドレンな105歳を目指しています。ただしこのまま計画通りいくと人生あと83年しかないのが悩み。

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畢竟人間はひとりである、新入生を見て感じ入る。

2006年も、はや5月になり新緑の季節になった。
桜の花はすでに落ち、ういういしさが許された時期は去った。生命を爆発させる夏が少しずつ近づいてきている。

私の大学においても、4月入学の新入生があふれている現状であり非常にわかわかしいキャンパスの雰囲気である。入学から1ヶ月経た今、一年生の間においてはもうすでにグループ化がかなりの程度進行していることが見て取れる。

心の許せる仲間をつくり、水を得た魚のようにいきいきとしている者も少なくないだろう。
心を許せる、助け合える仲間であると同時に切磋琢磨するよきライバルとしての友を得る、ということは人生において非常に重要なことであり、魂が救われるものだ。

しかし古よりさまざまなところで言われてきたことに

「悪い友人をつくらない」

ということがある。私はこれを前途洋洋の新入生に送ることばに送りたい。
悪い友人という言葉はさまざまに解釈されているが、ここで意味するのは。


1. 堕落させようと誘ってくる者
2. テイクばかり求めて、まったくGiveする気のない者
3. 弛緩しきってまったく緊張感のないつきあいを求めてくる者
4. おたがいの傷をなめあうような関係を求めてくる者

だいたいこのようにまとめられるように思う。共通するものは

相手に対する思いやりをもっていないということ。
友というものは、

「自分が困っているときに助けてくれる人」 だともいえる。

自分が波にのっている、成功しているというときはみんなちやほやしてくれるかもしれないが、それには「勝ち馬に乗って自分も得しよう」という感情を抱いて近づいてくる者も相当数含まれる。
そしていざ自分が困った状況、苦境に追い込まれたときにはまったく助けてくれない。

一緒に喜んでくれる友よりも、一緒に苦しみを理解してくれる友こそが本当に貴重な存在だといえる。 おそらく元ライブドア堀江社長は今それをひしひしと感じているのではないか。

しかし、ここに落とし穴がある。それはというと、自分も相手にただ甘えているだけではいけないのである。友であるからこそ緊張感と尊敬を抱いて接しなければいけない。
時にはきびしい言葉も言わねばならない。
短期的に相手に嫌われてもいい、それが相手のためになるのであれば。


逆に、あまりに耳障りのいい言葉ばかり並べる人は自分のことばかり考えている人である。
相手に嫌われたくないからこそ、甘い言葉ばかりささやく。
「自分を捨てないで、こっちを見て」
というのが本心である。
黒澤明監督の「七人の侍」においてこのような言葉がある。友との関係においてはこれは至言であろう。

「他人を守ってこそ自分を守れる。己のことばかり考える奴は、己を滅ぼす奴だ」



もちろん、この世の中自分の好きな人とばかり付き合っている、狭い殻に閉じこもっていてばかりではまわらない。気に入らない人とも付き合わなければならない。そのようなときに最低限お互いが不快にならないよう潤滑油の役目を果たすのがマナーである。
たとえ忌み嫌っていても相手は人間であり、一片の敬いを忘れてはいけない。そのような人の存在を認める器量の大きさが必要である。


自分の殻にとじこもらないこと。
殻をやぶる手助けをしてくれる友をもつこと。
この人とであれば、自分が艱難辛苦を共にしてもよいと思える友をもつこと。

これは新入生に限らない。
言うは易し、行うは難し。
かくいう私自身こそ強烈に自戒しなければならないことである。

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