プロフィール

膝小僧360

Author:膝小僧360
座右の銘は「永遠の18歳」

105歳まで生涯現役でいます。。仕事においても遊びにおいても、あらゆる分野において若い者を若さで圧倒する、そんなアダルトチルドレンな105歳を目指しています。ただしこのまま計画通りいくと人生あと83年しかないのが悩み。

カテゴリー

最近の記事

月別アーカイブ

カレンダー

09 | 2006/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近のコメント

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

FC2

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

北朝鮮への金融制裁を強化する。

1990年代のいつだったか、たしか中国の首相がオーストラリアにてこう語った。

「20年後には日本なんて核で消滅しているんだから、相手にする必要はない」


そのときは、彼らが発射するつもりだったのだろう。しかし、いまや北朝鮮がそれを
中国のかわりにやろうとしている。

いったいどこから資金を調達しているのか。

日本国内にある

パチンコ、
サラ金、
焼肉、
風俗、
漫画喫茶



実質在日が支配している産業であり朝鮮総連を経由して北朝鮮に
流れているといわれている。

全ての在日が悪いといっているのではない。
一部の工作員によって多くの善良な彼らのイメージまで毀損されてしまっている。

朝鮮総連はプロの工作員を今まで数多く育ててきた。プロの諜報部隊なのだ。
それは一般市民とはかけ離れた世界だ。

日本には在日朝鮮人利権というものが確かに存在する。

それが抜け穴として使われてしまっている。

それに欧米においても、カルト宗教団体として知られる創価学会(池田大作は在日2世であり、その幹部のほとんどもそうである)
それを支持団体としている公明党が政権に加わっているということ自体
日本の政治はおかしい。

共産党と社民党が怪しいのはいわずもがなである。
村山元首相のときの売国奴ぶり、ポチぶりは日本にとって大ダメージだった。
これからどんどん悪事が明らかになるだろうが、日本のマスコミがそれを
書くとは思われない。

拉致問題の解決を阻止してきた 土井たか子(帰化朝鮮人)も売国奴ぶりでは負けていない。
って自分の国を売っているわけではないのか。ちなみにパチンコ業界(在日系だけで年30兆円の儲け)から一番カネをもらっているのが土井だという。

辻本議員は、赤軍派であり同じく帰化朝鮮人、そして反日を唱える、悪名高いピースボート
の創設者でもある。

記者クラブというなれあいによって、民主主義を担うマスコミは
ただ党の大本営発表を垂れ流すだけの一機関に陥っている。

そもそもマスコミは、大勢力の悪いことは書けない。TOYOTAの北米セクハラなど
広告主には甘いのである。もちろん、暗躍する北朝鮮工作員のことなど書けない。

ただ漠然とテレビや新聞を見ているだけでは洗脳されてしまう。

日教組(日本教職員組合)という、学校で教えている先生の組合がある。
ホームページをみただけでわかる。明らかに共産党左翼の手下であり、
彼らが現場で、教えている、 のだ。

統一教会は、オウム真理教と関係があった。松本(麻原ショウコウ)も実は在日であった。

少なくとも、


パチンコ、

サラ金


をやめるべきだ。そもそも私営賭博は禁止されているはずだ。

パチンコをやって、負ければサラ金など上流階級はやらない。
無知でだまされやすい日本人は搾取されつづける。
北朝鮮の政権は生き続けるのだ。


そして北朝鮮、北朝鮮といっているが、真に恐れるべきは

共産党独裁政権なのである。

彼らは、共産党を生きながらえさせる、世界制覇のためならばなんだってやる。
歴史が証明してきた。

自国の国民だって虫けらのように殺す。

飢饉で1000万人単位で死のうが別にかまわない。
最後に相手を滅ぼせればそれでよいとする。

チベットは、武力なく平和的解決をもって中国の共産党政権にあたろうとして。
結果は、民族浄化である。

600万いたチベット人のうち120万が殺された。
そして720万の中国人が送り込まれ、レイプによる強制交配
尼層もターゲットにした拷問、強姦
チベット人女性には不妊治療を強制し、その血を断とうとしている。
600以上あった寺院はいまや8つしか残っていないはずだ。

北朝鮮ではどうか。
国民の犠牲の上に、独裁政権はぬくぬくと豪遊している。
果ては日本のディズニーランドにお忍びで遊びにくる始末である。


北朝鮮の利権にカネをささげるのはもうやめにすべきだ。
テポドンが発射されてからでは遅い。





スポンサーサイト

G.W.Bushのスピーチ

http://www.actofme.co.uk/bush_speech/bushspeechwriter.html

でブッシュのスピーチを作れる。

なかなかブラックなスピーチも作れる。お試しあれ。

ドラッカーを紐解く

「富の未来」、「フラット化する世界」をたてつづけに読んだ。

なかなか面白い。刺激を受けた。

ついでに、ドラッカーの本を久しぶりに開いた。

深みが違う。

ドラッカーの言葉の重み、それは比較にならないほど重い。

高校でドラッカーの書に出会えたことは幸運だった。

「ネクストソサエティ」の衝撃は今も忘れない。

しかし、ドラッカーはもう既に他界してしまった。

一つかけがえのない夢があった。それはドラッカーに会うこと。

もはや永遠にかなわぬ。

後悔している。

なぜ、なぜ、私はクレアモントに飛ばなかったのか。

いったい何を惜しんだのか。
金も時間も、そのためのものではないのか。
いくらかかってもよかったのに。

いくら泣いてももう遅い。

この先、生きて何があるのか。

しかし、時代は進む。
私も歩かねばならない。
少しでも、ドラッカーに近づくためにも、絶望を抱いて進むのだ。

灯を絶やさせはしない。

ベッドを本のディスプレイにする。

ここ2週間ほど、ベッドで寝ていない。地べたで寝ている。
硬いが、寝起きは悪くない。

ベッドのスプリングはゆるく、腰に悪い、疲労もとれない。

結果、ベッドの上という広大な面積が余ることとなった。

今では、ベッドの上に、教科書・新聞・本が一覧できるよう並べられている。

今日はどの本に手をつけようか、なにをしなければならないか
一目で判断できる。ごそごそさがす必要はない。

結果読書に費やす時間を増やすことができた。

モノは使いようだ。





極上の温泉をめぐる


日曜に、漢の中の漢、ゆうき と大分の極上の温泉をめぐった。


最初に行ったのは、 「神丘温泉」
駄菓子屋の中にある温泉。50円と250円のコースがあるが、特筆すべきは250円のコースである。2種類の、それもそれぞれが超一流の湯を堪能することができるからだ。

ひとつは、かなり熱いが 肌が極上のつるつるすべすべになる湯
もうひとつは、マイルドな泥湯。

泥湯といえば、匂いと熱すぎる温度が問題にされることが多い。しかしここの泥湯は、無臭に近く、これに拒否反応を起こす人はいないだろう、そして温度もどちらかというとぬるめであり、非常に完成度の高い泥湯である。

湯を浴び、泥湯にはいる。 美肌効果においてここに勝る湯を私は知らない。



次は  「豊山荘」

つるつるの湯 として有名な湯である。前述の神丘温泉のつるつる湯が熱すぎるという方は、ここのつるつる湯をお勧めする。高級感のある温泉でもあり、家族湯なども充実している。カップルならばこちらだろう。 美肌効果、そして湯上がりのつるつる肌に驚くことができるだろう。



「塚原温泉」

塚原高原に位置する、強烈な個性の湯である。
緑色の湯が迎えてくれる。酸性が非常に強く、鉄分も豊富に含む。
せっかく行くのなら、やはり飲んでみてほしい。この湯が多様な物質を含む、唯一無比の実力を持っていることを体感できる。 酸が強いので、しばらく入ると皮膚がヒリヒリする。

主張の強い、王者の風格漂う温泉である。

このような湯があるのか、 と開眼させられること間違いない。



「ガニ湯」

別名ドイツ村とも称され、長湯温泉でも有名な、直入村にあるガニ湯。 カニ湯と呼ぶのかもしれないが、 ここはただとにかくオープンな湯である。 

町の中を流れる川があり、 その川の中にカニの形をした温泉がある。ちなみに仕切りとかはなにもなく、道行く通行人から堂々丸見えの湯である。

その分開放感は群を抜く。 そんじょそこらの露天風呂の比ではない。
一度味わってしまうと、この開放感のここちよさ の虜になる。と同時に従来の露天風呂になにか物足りなさを感じるようになる。

湯自体はおそらく土類泉系であり、にごっているので一旦身を浸してしまえば特に恥ずかしいこともない。

女性が入るには厳しいかもしれない。水着を着れば入れるが、しかし温泉に水着で入るというのは、温泉に対して失礼にあたる感じがする。違和感がぬぐいきれない。

私たちはもちろん、川辺で堂々と脱ぎ、堂々と入る。
温泉のためであれば、多少の制約は振り切る覚悟で入ってほしい。



「下湯」

今までの温泉の中で、 一番感動したのがここ、 下湯 である。

炭酸泉である。 一般的な炭酸泉とは格が違う。 まさに 湯そのものが CCレモン。

入ると体中泡だらけ、 まさにCCレモンの中に浸っている感覚。

湯の温度は30度ぐらいだろうか、ぬるいので汗ひとつかかずに、何時間でも入っていられる。

地球というものの未知の領域に踏み込む。
こんなものが湧いてくるとは、体験してみるまではわからない。

入る前と、入った後で、 まるで温泉に対する価値観が変わってしまう。

入ればわかる、  としか私には言いようがない。


しかし、ここは地域のかたがたに愛されつづけてきた湯である。
私たちは、邪魔者にすぎない、あまり大挙して押し寄せては迷惑である。

土足で踏み込むような無礼者は、湯を愛するものとして許しがたい。

もし行くのであれば、温泉マナーを身につけてから行っていただきたい。

温泉は、公共物であり、自分のことを客と思ってはならない。

湯の前ではあくまでも謙虚に、礼儀正しくするべきものだ。



改めて大分の 豊かさ を思う。
食然り、温泉然り、自然然り、気候然り、
豊の国なのだなぁ、とひしひし感じる大学4年目の秋。

中国古典の誘惑

中国の古典を最近よく読むようになった.

きっかけは 「孫子」 である.

そして 「老子」 「荘子」 「論語」 「呉子」 と読んできている.

何千年も前に、このような名著が生まれていたのだ.

中国が持つ文化の奥深さには、ただただ感嘆する.

いずれの書も、何回も繰り返し読むことで血となり肉となる.
ただ一回読んだだけでは、理解したとはいえないだろう.

しかし、これらの書が不朽の名著であることは疑いない.


特筆すべきは、その文体の美しさである.

内容が論理的でない部分も多い、しかし音の響きは詩のようであり美しい.

私はそこに中国人の教養の深さ、そして美意識を垣間見る.

闘う水戸黄門

2度寝しているときに、 もし水戸黄門が一人で闘うことになったら面白いんじゃないかと考えていた。 すけさんかくさんも誰もいない、 光圀が一人で敵陣に乗り込み、敵を殲滅するのである。

その場合、いったい武器を何にするかが問題である。

現実的には、サブマシンガンを何丁か持たせる、という設定が一番簡単だろう。
相手が刀であれば、素人でもサブマシンガンの使用で敵を殲滅できるだろう。
しかし、それは安易にすぎる。武器によって、最初から勝負は決まっている。
美しさも何も無い。

それなら、リボルバー式の銃を持たせるのはどうだろう。片手で打てる、そしてできるだけ威力の低い22口径銃 で闘うのならばまだ、使い手の技術が生きる、戦いに美しさがでる。
しかしやはり銃 対 刀 では圧倒的な差がありすぎる。

結局、刀 対 刀 という闘いが持つ、魅力、美しさには太刀打ちできない。

もちろん、なぎなたや、十手という武器もあるのだが、徳川家が刀以外のものを使用するなど論外であろう。

ただ、ご老人の振り回す刀で、相手の骨を断つことが可能なのか。
リーチでも、そんな長い刀は使えない。

となると、完全に「技」 に頼ることとなる。

相手の、一撃を受け止め、すばやく切り返す刃で、相手の喉を裂く、 もしくは目につき刺す、 のどの奥から上の脳みそ目掛けてつき刺す。

相手を斬り殺すというよりも、相手の身体の生存機能を奪うやり方。

ただそれは手間がかかるから、多勢に無勢という状況になっちゃうじゃない、という
心配はあるが、テレビなのでまぁそこは、ね、調整して、ね。

品格があり老練な光圀が、若いもの達の将来を技で次々と奪っていく。

これなら美しいといえるだろう。
タイトルは

「侍 水戸黄門」

団塊の世代に希望を与えるシリーズとならんことを。

中韓と友好関係を結ぶことが本当に得策なのか

安部首相の、最初の外遊は 中国そして韓国だった。

最近になり、中国はさかんに関係改善のシグナルを送ってきていた。

小泉元総理の靖国参拝は予想していたほどの抗議はうけなかった。

中国が本気で靖国に激怒しているわけではなく、ただの外交カードとして靖国が使われているだけだということが明らかになった。A級を分詞したりなにか対策を講じたところで次はB級、C級といってくるだろう。

そもそも謝罪する=自分の非を認める

となるわけであり、日本が折れたら、ますます強く日本の非を追求してくる。
そして誠意をみせろ、とヤクザばりの理不尽な要求をしてくる。

中国、韓国とやりあうときは決して折れてはいけない。


中国、韓国との関係改善にしても、 そのメリットとはなにか。

彼らには強い下心がある。
うわべだけ笑顔で取り繕っているだけなのだ。
本音は日本なんて核ミサイルで吹き飛べばいいと思っている。

仲良くなって、そのスキにタカり放題する気なのだ。

外交とは、他国と仲良くすることではない。
自らの国を守ることだ。

中国と韓国はアジアではない。 中華と小中華である。
彼らにとっては、自分がナンバーワンであり、他はすべて軽蔑すべき民族である。

日本の省エネ技術が喉から手がでるほど欲しいのだろう。
一時的な友好と引き換えに、格安の値段でそれを盗む気である。

しかし中国のような国家に、脅威に、大国からは、しっかりと対価、カネをとらねければならない。環境は次のビッグビジネスであり、日本の切り札である。

これから役立つ外交カードであり、簡単に環境カードを切ってはならない。
中国の環境問題に貢献しつつも、カネはしっかりと日本に流れる仕組みを構築すべきである。
米国の軍需品輸出戦略が参考になるだろう。


そして何より、日本の投資マネーが欲しいのだろう。
中国銀行の子会社香港上場にあたっては、日本の証券会社が主幹事となり、日本国内で中国銀行の株を売りまくった。 

さまざまなリスクがあるにもかかわらず、とりあえず自らの利益確保のために、強力な営業を駆使して日本国民にチャイナのリスクを背負わせたのである。

今の中国企業が、上場で目指すもの。それはIPOで大富豪になることである。上場したあとのことなど知ったこっちゃないのだろう。インサイダー取引でなければ儲からないのではないか。そしてIPOでお金もちになるためには、日本からのカネをうまく利用したいのだ。団塊のカネが狙われている。

チャイナのようなリスクの大きい市場に投資するのは非常に危険である。中国関係のプロでなければ。リスクを管理できないだろう。

いつ当局から罰せられるかわからない。いつでも中国からただちに逃げ出せる準備はしておかねばならない。

投資するなら、真っ当な国が他にもある。

そもそも中国はどう見ても日本の脅威である。
外交の表では友好を取り繕っても、裏で暗躍しあうものである。
油断してはならない。
日本もCIAのような国家機密情報機関をつくり、対抗すべきなのだ。
相手の情報を握ることが鍵である。

チベットを侵略した中国は今その触手を北朝鮮の利権に伸ばしている。

日本が荒らされてから、涙を流すのは君主として下の下である。

最悪の事態に対する備え、は安全保障上、基本中の基本であろう。


そして韓国である。
安部首相の訪中はよかった。しかし、訪韓はいただけない。

中国とだけ会談することで、韓国は焦っただろう。
大いなる譲歩をひきだすことができたはずだ。

韓国というのは東アジアにおいては重要なプレーヤーではない。小国である。
国際社会における重要度において日本と対等ではない。

韓国に対して、何も卑屈になることはない。
日本が韓国から得るものなど、韓国が日本から得るものに比べたら全く微々たるものである。

中国の勃興により、韓国の産業は急速に影響力を失いつつある。こうなっては日本の最新技術を盗むほかない、というのが韓国の思惑ではなかろうか。

簡単に応じてはいけない。じらしてじらして大いなる譲歩を勝ち取るのだ。

そもそも韓国に時間など割かなくてもよい。インドや他のアジア諸国にこそ労力を割くべきだ。

中華と小中華は、そもそも他国との友好関係など信じていない。
朝貢か否か、だけである。

そもそも、アジア通貨危機において韓国を助けたのはどこか?
天安門事件のときに一兆円近いカネをだしたのはどこか?

困ったときに、日本は助けてきた。

しかし日本が困ったときに、彼らが助けてくれるか?
否だろう。 アテにするにはリスクが大きすぎる。


友好という名の、ツールにだまされてはいけない。

鬼石の湯から星を望む

鬼石地獄に併設されている「鬼石の湯」という温泉が気に入っている。

館への行路は、月と映える。雰囲気を盛り上げる。

施設は新しいが、「湯」がわかっているのだろう。
無駄なジャグジーなどは省いている (ジャグジーは構造上、湯を循環させねばならず温泉とは本来全く相容れない)

湯の質は 塩系 である。 源泉が98℃なので加水はされているがなかなかに濃い。
湯の質のクォリティは高い。

そしてその湯を生かすのが、檜でつくられた浴槽、設備である。

600円という別府にしては高値段設定と、鍵による同時入浴可能人数管理により内部の環境は、品よく保たれている。  

湯がわかっているのだろう。

そして寝転びくつろぐ場所を設置していないのも好感がもてる。
ごろごろと豚共が転がっている様の見苦しさがここにはない。

しかしカウンターでラムネや地産アイスを味わうことができる。
なかなかに上質な楽しみ方である。

ここでは、私は芯から緩むことができる。
心身ともに緩む

体を湯にまかせ、 頭の中は真空になる

自分をリセットする。

走り出す前には、体を柔らかくして待つように
新たなステップを踏み出すために、雑念を一度消し去る。


別府に来て3年半、温泉という恵みにはただ感謝しかない。

今宵は満月だった。雲もなく、月が海を照らしていた。

湯の中からは月は見えず、私は夜空の星に手を伸ばした。

水泳紳士

今年の春から、市営プールに頻繁に通っている。

健康維持と肉体の鍛錬のためである。
しかし、それだけではない。

自分の身体とじっくり語りあう時間が欲しいのである。

水に浮かびながら、前に進む。

どう手を使うか
足をどう動かすか
頭はどこに置くか
息継ぎはどうするか

自分の身体がどう機能しているか、
じっくりと語り合う。



視覚と脳ばかり使用する現代社会において

肉体を自らの手にとりもどす手段である。



昨日はゴーグルを使わず、顔を水につけずに1キロメートル強泳いだ。
クロールと平泳ぎである。
上半身、特に上腕の筋肉を使用した。


今日はビート板を使ったバタ足泳法により、脚に負荷をかける。
そうして生活に 脚 という存在を取り戻すことにした。

しかしいざ脚の動きだけで前進するとなると、バランスの取り方、そして脚のパワー不足が否めない。はがゆいほどの遅さである。

水泳能力にはある程度の自負があっただけに、少々ショックではあった。

同じレーンでは、50半ばだろうと思われる白髪混じりの紳士が ビート板使用にもかかわらず私の1.7倍ほどのスピードで泳ぎつづけている。

20代前半の私がいくらがんばっても追いつけないのだ。



負けた自分を恥じた。
50代をナメていた自分の甘さを恥じた。


紳士は時おり休憩を挟みつつも苦しそうな表情は見せず、しかし常に集中力を持って一本一本を丁寧に泳いでいた

いつしか私はそのビート板で泳ぐその紳士から出るオーラ、 
品格 というものに魅せられていた。 

気高い

品格とはこのようなものなのか

その紳士がいったいどのような人物かは知らない。しかし彼がまとっている品格に対して私は尊敬の念を抱かざるをえなかった。

ビート板を使って泳いでいる姿なのだが、気高いのである。

内面というものはかくも外に出るものなのか


じきに紳士は、今日の目標を達成したのか、ジャグジーでリラックスをはじめた

しかし、くつろいでいるであろうその姿からさえも何か風格がある。

絵になる、 のである。



私たちは何一つ言葉を交わさなかった。

しかし私は学んだ



紳士を


斜陽の中に

別府には、橙色の灯がよく似合う。

別府の海に夕陽が沈んだ後、街々にぽつぽつと橙色の灯りが浮かぶ。

夜の闇に沈みゆく街、そこにある橙色に斜陽という言葉を重ね、

私はその暗闇に身を委ねる。



亀川商店街の緩やかな坂道を登ったところに四の湯温泉はある。

電球から漏れるやわらかな灯りと共に、いつもと変わらぬ老翁が迎えてくれる。

石階段を少し下ると、天井の高い、開放的な空間が広がる。

長い時を経てきた温泉である。
しかしその丁寧な使われ方に、ここが浴客から愛され続けてきたことが見てとれる。

浴槽に敷設されたタイルの働きで、鮮やかなエメラルドに見える湯に浸る。
主張の強い湯ではないが、ゆるやかに温泉成分が肌に融ける心地良さがある。

常連客の身体に刻まれたしわのひとつひとつ、四の湯は全て知っているのだろう。
この厳かな空間にあって、礼を表すには言葉ではなく、湯を愛でる行為に拠る。

壁に懸かった成分表を眺めつつ、この空間が経てきた歴史に思いを馳せる。



| ホーム |


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。