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膝小僧360

Author:膝小僧360
座右の銘は「永遠の18歳」

105歳まで生涯現役でいます。。仕事においても遊びにおいても、あらゆる分野において若い者を若さで圧倒する、そんなアダルトチルドレンな105歳を目指しています。ただしこのまま計画通りいくと人生あと83年しかないのが悩み。

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大分を好きになり始めている、本格的に


ここ数ヶ月のことであるが、大分県に住んでいるということに感謝する日々である。

経済のサイズ的には大分は矮小である。九州においては「福岡ー熊本ー鹿児島」を結ぶラインがメインの経済圏であって、他の県(大分、宮崎、長崎、佐賀)というのはまったく重要ではない、経済的には。

そもそも福岡から大分駅までは約2時間45分かかる。
ちなみに福岡から大阪まで2時間45分くらいだろう。
地理的には近くとも、アクセス・心理的には大分県はまったく隔離されている。

しかしここには大自然がある。圧倒的なパワーを持って迫ってくる。

まず温泉を避けることはできない。
地中から湧き出る湯の泉質は湧き出るポイントごとに違う。つるつるの湯、酸性の湯、硫黄の湯、泥湯、湯の花を多く含む湯、 

大自然から湧き出る液体に対し、生まれたままの姿で正々堂々挑む。
結果は皮膚が教えてくれる。

そして私はできるだけ温泉を飲用することにしている。舌は鋭敏であり、温泉の個性をフルに体感することができる。もちろん自己責任だが、ぜひトライしてみていただきたい。

そしてである。

落差85メートルの滝、落差60メートルでものすごく澄んだ水をほこる滝、滝すべりができる滝、 大分には泳げる多くの個性的な滝がある。

体を真っ赤に腫らし滝に打たれる痛みと快感。
自然に挑むその行為
痣もできるし、血も出る、傷もできる、しかしただ見るだけでなく 体で自然に挑む、
自分が生きていることを実感できる。

なにより 滝つぼ で泳ぐという行為は 私のような少年にとってはしゃがずにはいられない。

大分はこのように  に恵まれている。
ソーダのようにシュワシュワ炭酸の水が湧き出るのが大分であり、引用可能な水源が非常に多い。水に関して本当にすばらしい。

ほたるの里というところにおいては、シーズン中何百匹、何千匹というホタルが目前で舞うのを観察できる。神秘的な経験である。

適当にドライブをしているときでさえ、絶景の中を走るのは快感である。
山と川の調和が素晴らしい。

そして大分には、海 もある。

ときどき朝4時とか5時に家を出て、日の出観察スポットを探し、別府湾に上る朝日を一人で見ている。日の出というのは感動的なものだが、海から出てくる朝日は特にすばらしい。京都市にいては絶対見ることのできない光景である。

別府湾の海水はめちゃクリーンというわけにはいかないが、それでも海を眺められるということ、家から徒歩10分で海に入れるという豊かさには変わりない。

私は今まであまり別府大分以外には行かなかったのだが、佐伯や久住、なども素晴らしいことにようやく気づいた。夜にながめることのできる星空、澄んだ空気、この感動が人生を豊かにするに違いない。

できればもっと若い、感受性の鋭い時代にこの感動を味わいたかった。



ビジネスをするのであれば大都会である。しかし人間が成長していく過程においては、働き始めるまでの、若いうちは大自然に囲まれた環境で育つのが良いと考える。

オトナになってからでは、大自然の素晴らしさをフルに吸収するのは無理である、遅すぎる。ガキの頃に体験した感動こそが人生をつくる。

オシャレなショッピングエリアや、繁華街、なんでもある都会で暮らすのも悪くないが、大自然に遊んでもらうほうが何倍も楽しい経験だと私は確信している。

人生いろいろあるかもしれないが、つらいときに想い起こす、心のなかのオアシスに大分県の大自然が加わったことは喜ばしいことだ。

思えば大分県の良さを分かり始めたのは、温泉めぐりをはじめてからである。なにもないと思っていた大分県だが、実は非常に恵まれた地域だとわかったのだ。自分から探さねば絶対に見つけられない感動があった。
ただ漠然とそこに澄んでいるだけでは、たとえ地元の人であっても、案外みのまわりのことを知らないものだ。灯台もと暗し

いつでもいける、ところには行かないものだ。

「なにしたらええねん」と大分に来て嘆いている人たちにどうにかこの感動をつたえられないものか、と思っている。
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