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膝小僧360

Author:膝小僧360
座右の銘は「永遠の18歳」

105歳まで生涯現役でいます。。仕事においても遊びにおいても、あらゆる分野において若い者を若さで圧倒する、そんなアダルトチルドレンな105歳を目指しています。ただしこのまま計画通りいくと人生あと83年しかないのが悩み。

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がっつかない自分

僕はゲイではない。バイセクシャルでもない。
もはやそれらを忌避している。僕自身の身体を守る、自衛のためである。

僕は、ストレートである。

しかし最近ふと自分に問いかけることがある。
「最近おまえ女にがっついたことがあったか?」

答えは No. である。

それはいったいなぜなのか。

外部要因としては
①まわりに魅力的な女がいない
②花粉が飛び、さらに5月病の季節である
③若い女の子ばかりでもの足りない

などあげられるが、なんとなくちがう気がする。おそらく原因は自分自身に起因するものだと考えられる。

①忙しくてそれどころではない。
②俺が女というものに価値を見出していない今日このごろ
③女の相手をすることに疲れてきた
④むしろ引きこもって自分自信と語り合いたい
⑤女より本のほうが魅力的

それでもいまいちしっくりこない。
なぜだ。なぜがっつけない。まったくモチベーションがわかない。
男と女に接するときのテンションがまったく変化しない。

今の俺であれば、混浴の温泉に見知らぬ女の人と2人っきりということになってもなにも起こらないだろう。俺は間違いなく、淡々と温泉を楽しみ出て行くだろう。

ホテルでダブルベッドに2人で寝ることになっても、なにもきにせずすーすーと寝ているだろう。

駅の階段を上っていて偶然女子高生のスカートの中身が見えても、不機嫌に舌打ちして「きみしっかり気をつけてくれたまえ、まったく失礼だ」となぜか説教してしまう可能性もある。

それ自体は今に始まったことでないが。まったく安全な男である僕は。

しかし男としてそれでいいのか俺は。
いやそもそも男は常に女を求めるべきである、という前提自体変わり始めているのかもしれない。それもそのはず、人間が生存している現在の環境はまったく1万年前と様変わりしてしまった。


過去、飛行機や鉄道、移動手段の発達により人類は距離を克服した。
現在、インターネットにより人類は新しい電脳世界を創り出した。
肉体労働も機械により女でも可能になり、人類は男を克服した。
新しい世界である。

次はなにか。Moneyを克服することだろうか。もしくは、

次なるパラダイムは言語を克服することなのかもしれない。そうでないかもしれない。

人類が行き着く先はいったいどのような世界なのか。
マシンのように冷静沈着正確な存在に人間はなれるのかどうか。

マシンとの融合により人類はより進化できるのかもしれない。いよいよ自分が創り出した道具と自分自身が融合されるときがきたのだろうか。

しかし心の問題はいったいそれで解決できるのだろうか。苦悩、快楽、感動、激情、それら感情の根底にある感情の産みの親としての、
                            

人間の脳が解明され、それをコントロールする術がみつかれば世界はどのように変わるだろうか。恐ろしくもあり、その反面とてもエキサイティングでもある。

しかしそのとき、女と男というのはどうなっているのだろう。優生学的になるが、
いちいち受精などして出産しなくても、最適なDNAを選んで個体を増やせるようになっていたとしたら。そのとき男というものはどれだけの存在をもつものなのか。

推測であるが、その男の持つDNA、精子に含まれているDNA情報が非常に重要視される時代がくるのかもしれない。いや、DNA情報は人工的につくりだせるようになっており、男の精子などまったく不必要な不要の長物になっているかもしれない。男なぞ女をただ悦ばせるだけの道具的存在になっている可能性もある。

さて、いったい女性機能のほうはいったいどうなるのか。これはかなり再現が難しいと思われるが、それを人工的に卵子をつくりだすことは可能になることもありえる。

だれのものでもないDNAを使って新しい生物を創り出せる。親がいない生物である。

世界最先端の科学・化学技術を誇る日本において怒涛の勢いで高齢化が進行し人類はかつてない未知の領域に舵を向けつつある昨今。ぼくががっつけないのはそれによって引き起こされる広汎な影響のひとつだろうか。それとも別に何の理由もない、まったく些細なことなのかもしれない。 

夜空を見上げ歩きながらふとそんなことを考えた4月の暮れ。
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